「億で回していかにゃダメでしょうが!つべこべ言わんと突っ込めや!お前の代わりなんて腐るほどおるんど!」
喫茶店での楽しみと言えば、滋味深い一杯の珈琲、気心の知れた店主との対話、自部屋を凌駕するような居心地の良い雰囲気。
もうそれで充分、十二分である。
が、それにあえて一つ加えるのならば、
他の客の会話
であろう。
つまり、隣のテーブルの会話を盗み聞く訳である。
別に聞きたくて、聞きたくて聞きたくて、聞き耳をブン立てているのではないが、コッチは単独行動、隣には訳あり風な年の差カップルといったシュチュエーションが生じた場合など、否が応にも彼らの会話が耳に入ってくることになる。
その意味では、金沢で喫茶店を巡るようになってから、客でごった返しているような事態を引き当てることは少ない。
しかし、20代半ばから10年余り過ごした東京などでは、かなりの確率で「喧騒」と呼んで差し支えないような環境で喫茶店を利用することが多かった。
そこかしこのテーブルで客たちが話をしている。
客で溢れる店内を忙しく立ち回る店員の足音、衣が擦れる音、配膳時下膳時に食器が重なり合う音、料理を食らう咀嚼音、ストローがグラスの底の残留飲料をすすり上げる音。
そんな喫茶店の「喧騒」が飽和して、あまりに多種の音像が混ざり合って、かえって直線的に意味を聞き取れる音色が濁り、心地良いノイズと化す。
そうなってしまうと、喫茶店の「喧騒」はむしろ「静寂」に似通っていく。
そんな経験をするようになって、在京時には、読書をするにも書き物をするにも、集中したい折には、あえて混み合っている喫茶店を探したものだ。
その目的を叶えるために、新宿の『らんぶる』『西武』、上野の『古城』、渋谷では『論』などを順繰りに巡ってたものだ。
どの店舗も比較的大きく、繁華街に近く、いつ訪れても大半のテーブルは埋まっており、適度な「喧騒」と、上質な「静寂」を味わえた。
店内の音らが混ざり合って無効化されるとは言え、真隣や真後ろのテーブル席で、やや過剰なボリュームで会話をされると、イヤでもその内容が耳に入ってくる。
そこで耳にした会話の一部が、冒頭に赤字で記した、いかにも筋者風なおっさんが、両拳を膝に置き、うなだれて話を聞く若者に発していた台詞である。
上記の台詞はひときわ大きな音量で発せられたので、そこからは手元の文庫本の内容を、おっさんの罵倒の面白さが軽く上回り、ずっと若者を理不尽に追い込む雪隠詰めを盗み聞いた。
このおっさんの詰め方で特徴的だったのは、センテンスの端緒は「〜ですよね」とか、「〜じゃないですか」とか柔らかめに入っておいて、結語では「首くくる覚悟あるんかいな」「言い訳は聞きとうないんじゃ」となんとなく広島弁化する点。
基本的には、若衆のミスをネチネチと異なる文脈で責めているだけなのだが、その言い回しがおかしくて耳を離せなくなった。
あまりに楽しかったので、聞き耳を立てているのがバレないように、等間隔で文庫本のページを捲るカモフラージュを忘れてしまうほどであった。
それ以来、私は「盗み聞き」を目的に喫茶店に通うようになっていった。
いかにも家族、友人、恋人、上司と部下といった属性の方々の会話は「盗み聞き」の甲斐が無い益体もない話が多かった。それはそれで、面白いのだが
私が狙って聞きに行ったのは、スーツ姿のおっさんと、テーブルに置かれた書類を挟んで向かい合う深刻顔した若者、のような「勧誘」であろうシュチュエーション。
私が東京で過ごしたのは2000年初頭からの10年であり、この国の衰退が顕在化してきた頃だったが、商品契約の営業行為や宗教、投資、ネズミ講やマルチみたいな行為の主戦場は喫茶店であったように思う。
「今ならテレホンカードも差し上げておりますので、すぐこの建物の上の階で、今日なら役職付きの人間もたまたまですが在籍しておりますので、ちょっとでもご興味おありでしたら、より詳しくご説明できますので、、ああ、コチラのお会計は持たせてください。いえいえ、とんでもないですー。では、行きましょうか…」
みたいな会話をよく聞いたものだ。
喫茶店に出かける目的が、読書や憩いから「盗み聞き」に変化してからは、河岸も「勧誘が頻発しそう」な店を選ぶようになり、都心の『ルノアール』や『シャノアール』によく出かけた。
なかでも、
は出色であった。
何が出色って、どちらも24時間に近い営業形態で、夜中から朝方にかけては動物園的な喧騒と都会的廃退が共存し、四六時中「勧誘行為」が横溢していた。
『白ゆり』は、中央・総武線の飯田橋駅に近く、パチンコ店や居酒屋に囲まれた立地で、付近には今で言うレンタルスペースを擁した雑居ビルが林立しており、何人もの無垢な人々が『白ゆり』を起点に説明会だか、講習会だかに連れ去られて行っていた。
確か、コーヒーのおかわりが無料で、長時間居座るためのコスパも抜群であった。
『カフェ AYA』は、特に深夜には大半の客がテーブルに突っ伏していびきをかいているような環境で、店の隅っこでは性別を問わないまぐわいが行われたり、本気の喧嘩や罵り合いを何度も見かけた。
地下にも座席があったため、店員の目は薄く、やりたい放題な感があり、必ずと言っていいほどホームレスの方もいた。コーヒー一杯で夜をやり過ごせる場所だったから。彼らを受け入れる度量と優しさのあった店とも言える。大袈裟かも知れないが『カフェ AYA』によって救われた命があったろうと想像する。
という訳で、ここからようやく表題の件
今現在、ここ金沢で、マルチ等の勧誘行為はどこで、どこの喫茶店で行われているのだろうか?
金沢市街で、もっとも幅を利かせているチェーン店はスタバだが、スタバで「勧誘」とかやってるんでしょうか?
ああいう、向かい合う人間の視線が交わらないようなソファ席を擁する店舗では勧誘効率が下がる気がする。クロージングとか出来るんでしょうか?
多分、無理なのではないか。
何の確証も無いが。
また、それっぽい店舗としてはドトールもあるのですが、武蔵ヶ辻のドトールは狭すぎる。
前述の通り、特定の会話が喧騒に紛れるような大箱の店舗自体が金沢には見当たらない。
マルチ等勧誘行為こそ、「喫茶店の喧騒」の中で実施され得ることだ。
そこで、思い浮かんだのが、以前「もう無い喫茶店」としてご紹介した片町にあった喫茶店
『オーレ』
早朝まで営業しており、地下にあり、相当の席数を誇った『オーレ』ならば「勧誘」に相応しい。
しかしながら、『オーレ』はもう無い。
『オーレ』で勧誘されたい人生だった。
現在の金沢に話を戻そう。
席数が多く、適度な喧騒があり、店員の目が薄い
思い浮かんだのは、
マクドナルド金沢片町店
こちらの店舗は、よくある一階で会計を済ませ、二階に上がる形態で、繁華街である片町に存するため一定の混雑がある。
24時間営業ならば、かなり要件を満たすが、残念ながら22時には終業。
しかも、21時には店内飲食スペースが閉じられ、持ち帰りのみとなる。


先日、20時あたりに久しぶりにマクドナルド金沢片町店を利用して、確認してみた。
喧騒とまではいかないが、緩やかな騒がしさがあり、勧誘行為が執り行われているような雰囲気はあった。
が、当たり前だが平和な民たちの、特にいかがわしさのない遅めの夕食風景だけがそこには広がっていたのであった。


私は、随分と久方振りにフィレオフィッシュを食した。
魚のフライの味がした。
セットで爽健美茶にした。


果たして、金沢におけるマルチ等勧誘行為の拠点はマクドナルドなのだろうか。
その答えはわからない。
今だと、もしかしたら『サイゼリヤ』かも、ね
という訳で、すっかりお里が知れたかも知れない。
この日は、喫茶店に行かずマクドに行ったので、無理矢理マクドで記事をこしらえただけである。
申し訳ない。
「盗み聞き」にハマっていた頃、同時期に「裁判傍聴」にも凝っていた。
今振り返れば、好奇心を抑えられない頃合いだったのだと思う。
「創作」みたいなことを志していたこととも関係があるだろう。
ネットもまだまだ普及率が低かったし。
今や、もうすっかり他人の話なんかに興味はない。
好奇心が死んでいくことと、肉体的な死が無関係な訳はない。
その最期のあがきとして、当ブログをやっているような気もする。
いずれにしても、もう喫茶店で「盗み聞き」とかしません。
「盗まず」、積極的に「拾って」いこうと思います。
喫茶店と喫茶店の人の話を。





