喉の渇きを癒したいとき、足の疲労が臨海に達したとき、しのつく雨をしのぎたいとき、買ったばかりの文庫本を開きたいとき、そして、紫煙をくゆらすひと時を過ごしたいとき。 路傍に佇む喫茶店の門をくぐる。 なるべくならば、煙草の似合う、そんな店がいい。
<本日の中華店>
天鳳(てんほう)



ここより下は、当ブログ執筆者の身辺雑記をふんだんに含んだ、取るに足らないとしか言いようのない雑文雑記ですので、お店の基本データのみを知りたい方は、上記目次より各項目をクリックし、あなたが必要とする情報を摂取したのち、早々に離脱することをお勧めします。バイバイ!
このブログは「なるべく吸える喫茶店」と称しているのですが、まあよくあるパターンですが、セグメントをグズグズにして色んなトコに行けばいいじゃないですか。
喫茶店は素晴らしい。
しかし、喫茶店ではない店も素晴らしい。
素敵なお店には、テメエがこさえた垣根なぞ、乗り越えてなぎ倒して、訪問したらいいじゃないですか。そう思われませんか。素敵なことは素敵だと無邪気に笑える心を持ったらいいのです。
ということで、今回は「なるべく吸える中華店」となります。
今回「天鳳」を訪れるには前段があり、東山茶屋街にあった「喫茶 グライダー」という素敵な喫茶店を訪ねた際に、マスターから
「東山とは思えない価格のラーメンあるんですよ!」
と聞いたことに端を発する。
加えて、
「チャーハンがベチャベチャ系で美味い」
とも伺った。
ので、早速訪れたわけである。
素敵なことは素敵だと無邪気に笑える心を持ったらいいのです。
閉店してしまったが、きっと帰ってくると思われる「グライダー」の記事は👇
観光客で溢れかえる東山を抜けて眼前に現れたのは、その真紅の暖簾だけが、この建物がラーメンを供してくれる場所と告げている。
このお店は「天鳳」なる店名のはずだが、「天鳳」のテの字も見受けられない。
赤き暖簾には、ラーメンの文字列の他には、「味自慢」と染め上げられているのみである。
何の確証も無いが、「ここはきっと美味い」という気がする。
味自慢 ラーメン

店内はカウンター席のみの造り。
先客のタクシー運転手と、いかにも観光客然としたカップルに挟まれる形で着席。
余談であるが、観光地に赴き、ちょっとチョけた或いはスカした出立で闊歩することは避けたいものである。出来うるならば、ちょいとソコまで、コンビニまで、的なファッションで出かけたいものである。
限りなく当地に溶け込みたいものだ。
このカップルの内女性に見える方は、夏らしく涼やかなボーダーのワンピース姿でラフさを保っているが、男に見える方は、先ずその帽子を脱げ!と言いたくなるようなポークパイを被り、先ずはそのスカジャンを脱げ!と言いたくなって堪らない感じのスカジャンを羽織っている。
何より暑いのではないか。そのスカジャン。
そして、ポークパイを被ったままラーメンを啜るのは無理筋。脱帽を薦める。
何より食いにくいのではないかな。
といったような放言は良いとして、
壁に貼られた短冊を眺めて注文を検討。
ここは、「グライダー」のマスターに勧められたメニューであり、初入店の中華のイニシエーションとして、ラーメン&チャーハンで行こう。
ただし、「天鳳」のマナーとしては、中華そば&焼めしということになる。
「グライダー」のマスターの言によれば、中華そばは450円という破格設定だそうだが、古びた短冊に記されていたであろう価格は消えかかっており、確認出来ない。

「グライダー」のマスターはまごう方なきナイスガイであったから、デマこいてはいないと思うが、本当に「天鳳」の中華そばはワンコイン未満の価格なのであろうか?
腐ってもココは東山。
腐ってもないし。
と、店内を見回していたら、ファンシーなデザインのプレートがあり、しっかり450円と記されていた。

この他にも、ご近所の子どもが描いてくれたのだろうか、水彩が鮮やかなイラストが数点貼られている。

価格表示の確認を終え、安心して注文を果たす。
カウンター内には、ご夫婦と思しきお二人が並び、右手のご主人が調理、左手に立つご婦人が注文から会計までを担っている。

女将さんに中華そばと焼めしを注文。
ちょうど、ご主人が裏に回って離席していたが、ほどなく寸胴を抱えて戻ってきたご主人に向かって、
「はい、あんた!焼めしとラーメン!」
と告げる女将さん。
スパルタ!
狭い厨房を有する店舗で、複数の料理人あるいは従業員が並列するタイプの飲食店では、そのコンビネーションに唸らされるパターンもあれば、しばしば、ややギスギスした関係性が滲むこともあり、後者の場合はややもすれば怒声や叱責が飛び交うケースも見受けられ、それが親愛の情から敷衍されたコミュニケーションなのだと承知はしていても、客のコチラ側にまで緊張感が伝播する場合があり、困惑させられるのだが…
安心していただきたい。
「天鳳」の女将さんのスパルタは、芸にまで昇華されている。
女将さんからオーダーを受け取ったご主人は、とくに反応を見せずに黙々と調理に取りかかる。
その間、女将さんはお冷やを注いだり、テーブルを拭いたり、客と話したり、見事に間隙を埋めていく。
先客のタクシー運転手が帰られ、端っこの席が空いたので、左端に移動。
すると、右端に座っていた真夏なのにスカジャンの兄ちゃんが食べ終わり、同席の女性の完食を待つ段となり、厨房内に声をかけた。
「これは、醤油ベースですか?」
「そうやね、ベースちゅうかー、醤油やね。お客さんは、金沢の人やないげんろ?」
「福岡です」
「福岡やったら、物足りんでしょ?もっと濃くないと」
「いや、いつも豚骨ばっかりやから、新鮮です!」
福岡からの方々だったか。
以上は、スカジャンの男性とご主人の会話。
すると、絶妙の間で女将さんが、私に向かって、
「物は言いようやね」
と呟いた。
それも一片の微笑みも見せないでである。
確かに、「いつも豚骨」だから、「醤油は新鮮」というのは、何の回答にもなっていない気がするし、特段「天鳳」の中華そばを讃えている訳でもない。
「もっと濃くないと物足りないでしょ?」という質問への回答にはなっていない。
ごはん論法かつ官僚答弁的であるので、女将さんの「物は言いよう」というツッコミは的確といえる。
しかし、私に言われてもな…
ただ苦笑。
しかも女将さんは常にポーカーフェイスを保っている。
金沢中華料理界のバスター・キートンとお呼びすることに何の躊躇いもない。

やがて、遅れて麺を啜り終えた福岡からの女性が会計へ席を立つ。
会計は女将さんの担当である。
「この辺、食べるところが無くて困ってたんです!ここが開いててくれて良かった!おいしかったです!」
「ありがとうー」
「ごちそうさまでした!」
以上は、福岡から来られたカップルの女性と女将さんのやり取り。
うん、なんとなく爽やかな会話ではないか。
観光で金沢を訪れた女性が、昼食難民となり、たまたま出会った地元のラーメン屋で腹を満たし、礼を告げる。
ホッコリ、ポカポカするではないか。
店外へ消えたカップルを見送った女将さん、スッと私の方に顔を向け、
「お金出したら、食べっとこいくらでもあるよ」
ええ、確かに。
確かにそうですね。
浅野川沿いの料亭の座敷とか、万券積めばきっと入れますよね。
というか、この時点で、ご主人→女将さん→私 のトリオ漫才のようになっている。
私はただの頷き役だが、このトリオはご主人の丁寧な回しと、女将さんの爆発的な毒舌で成り立っている。
ふと、カウンター上のスパイスラックのような物の上に、島木譲二タイプの灰皿が乗っかっていることに目を留める。
「あれ、灰皿すか?タバコ吸ってもいいですか?」
「うん?いいんじゃない?いいと思うよ」
と、女将さんから灰皿を受け取ることが出来た。
したがって、「天鳳」は
喫煙可


福岡からのカップルが退店され、店内には私一人になったので気兼ねなく喫煙。
灰皿が置かれたボックスには、ラップが施されており、おそらくはアルミ製の灰皿とラップ接地部の摩擦係数が高まり、灰皿がひっくり返る事故を防ぐようになっているとみられる。
着丼までに色んなことがあったが、無事に先ずは、焼めし。

玉ねぎとハム、卵。添えられた紅生姜。
どシンプルなチャーハン。
「グライダー」のマスターの言うほど、ベチャベチャ系と括ることには憚られるが、程よい湿度油感。
続けざまに、中華そば。

北陸かまぼこの代名詞、赤巻き。
控え目だが、存在感のあるチャーシュー。
スルリと喉を通るストレート麺。
醤油ベースとかじゃなく、醤油ど真ん中のスープ。
焼めしも中華そばも、最高!とか感動!とか大仰な表現は相応しくないだろう。
手軽にスルッと腹を満たす間違いの無い中華である。
「ちょっと薄かったら、胡椒かけたらいいよ」
と、女将さんが缶の中で固まっていたであろう凝固した胡椒を、GABAの胡椒缶をカウンターにぶつけてほぐして、目の前に置いてくれる。
これは、
「これで完成形だから、勝手に味変えるべからず」
みたいな上から目線の創作系ラーメンではない。
存分に胡椒かけさせてもらいますよ。
壁には、さまざまな国の紙幣が貼られている。
「それは、海外からの人がチップで置いていくんですか?」
「チップいうより、向こうの国の人が財布に入っとったお金をちょっとね。どこの国やら全くわからんけど」
「へー、でももう世界中ですね」
「そう。だから、最近来る人は『アレ、私の国のお金!』って、もう置いて行かんくなったよ」
女将さんのツッコミは、縦横無尽。

ちょうど、自民党の総裁選が近く、店内には立候補者の声が響いている。
「何でもかんでも、値上げで困るね」
と女将さん。
すると、手の空いていたご主人も割り込んでこられ、
「さっきスーパー行ったら、こんな小っさい玉ねぎが58円。ネギも180円くらいするもんね」
「そうですかー」
すると、またまた女将さんの鋭いツッコミが入る。
「あんた!声でっかい!もうちょっと静かに喋って!」
そう言われたご主人は、私に向かって舌をペロッと出してはにかむような笑顔を見せて、皿を洗い出す。
超ベテラン漫才師がお互いの顔を一切見ずにネタをやり遂げる、あの感じ。
夫唱婦随の逆バージョンみたいなやり取りを間近で見られて楽しい限り。

女将さんの嘆きは続く。
「コメも全然下がらんでしょ?」
「そうですね、備蓄米出ても大して下がらんですね」
「そうやぁ、全然やろ。新米なんか食べられんもんね」
「ココは値上げはしてないんですか?」
「ずーっとしてないね。どんどん損していくね。ハハハ」
ここに来て、初めて女将さんの笑顔が覗く。
文字通りハハハってな具合の乾いた笑だったが。
それでも振り子の理論とでも言おうか、毒舌の連続からのスマイルは100点であった。
女将さん、笑顔も素敵。
「もう、今日も明日も分からんねぇ。明後日なんか想像もつかないよ」
バリバリのディストピア言説ではあるが、多分これからも庶民価格で続けてくれるだろう。そう願います。
ご主人にも話を振ってみる、
「ココは何年になりますか?」
片手を広げて五の字を作るご主人。
「50年?」
「昭和51年からなんや。だから50年」
「ご主人が初代ですか?」
「そうやね」
「どなたか、後継ぎとかおられるんですか?」
「孫が継いでくれるかも分からんけど、それは分からんなぁ。あの子アルバイトばっかりして、大学卒業出来るんかなぁ、と思うとる(笑)」
頑張れお孫さん。
先ずは、卒業。それから可能ならば「天鳳」の暖簾守ってください。
外野が勝手なこと言うとります。ごめんなさい。

ラーメン屋定番コンボを堪能し、タバコを一本やっつけ、お会計をお願いする。
と、既に100円玉2枚を用意している女将さん。
「800円です」
私もオートマチックに1000円札を切る。
「札出すん分かっとったんですか?」
「いや、分からんけど大体そうでしょ」
全くごもっともです。
しかし待てよ、中華そば&焼めしコンボで800円?
中華そばが450円だということは確認したから、焼めしは350円なのか?
「ちゅうことは、焼きめし350ですか?」
「うん?いや、ラーメンと焼めしでセットになるから、50円引きんなる」
なるほど、黄金セットで800円。
大変ご馳走様でした!
去り際に営業時間について聞いてみる。
「何時から何時ですか?」
「大体‥ 11時から、終わりはマチマチ」
売切仕舞いということかと思って聞いていると、女将さんが突然ご主人にお鉢を向ける。
「ネギはまだあるんですか?ネギは?あるんならいいけど」
ご主人は女将さんを一顧だにせず、無言でネギを刻み始める。
「今日もネギがのうなったら、お終いやわね」
と、独りごつ女将さん。
OKです。
ちょっと、そのまま書いてるんで女将さんのキャラクターがキツめに思われるかもしれませんが、そこは金沢中華料理界のバスター・キートン。根底に流れているのは諧謔です。ふとした女将さんの気遣いと、ご主人の黙々と調理する姿に、ちょっとした癒しすら感じます。
ベースは醤油ならぬ、ベースは諧謔、お味は定番。
東山茶屋街という屈指の観光地の端っこに、こんな安定、良心価格のラーメン店が残されていることに感謝です。
ありがとうございました。


google MAP
所在地
金沢市東山1ー10ー6
営業時間
11:00〜売切まで
定休日
未確認
席数
カウンター x 8
電源
なし
Wi-Fi
なし
SNS
なし
店内BGM
NHKラジオ
トイレ
未確認
喫煙の可否
喫煙可






