喉の渇きを癒したいとき、足の疲労が臨海に達したとき、しのつく雨をしのぎたいとき、買ったばかりの文庫本を開きたいとき、そして、紫煙をくゆらすひと時を過ごしたいとき。 路傍に佇む喫茶店の門をくぐる。 なるべくならば、煙草の似合う、そんな店がいい。
<今日のサ店>
さいふぉん
ここより下は、当ブログ執筆者の身辺雑記をふんだんに含んだ、取るに足らないとしか言いようのない雑文雑記ですので、お店の基本データのみを知りたい方は、上記目次より各項目をクリックし、あなたが必要とする情報を摂取したのち、早々に離脱することをお勧めします。バイバイ!
明け方近くに、近所のコンビニまで出かけると、靴が隠れるほどの深さの積雪があり、なかなかに疲れた。近所のコンビニまでの道程でこんなに疲れるのならば、ちょっと足を延ばして喫茶店まで出かけたらば、すっごく疲れてしまうのではないか。きっと、泥のように疲れてしまう。泥のように疲れるのは、雪のせいなのである。雪で泥。雪と泥を組み合わせたいい感じのことわざがありそうだし、もしなかったら作りたい。いや、作りたくなんかない。今、作るべきは雪だるまの方だろう。雪だるまは、ほどなく消えて無くなるのが良い。積んでは崩す、賽の河原の石積みのように。


金沢市内の中心部には、犀川と浅野川という二本の流れがあり、前者は男川、後者は女川と呼ばれる。
と、よく紹介されるのだが、地元の人間が「男川はさぁ…」なぞと口にしているのを聞いたことはない。犀川は犀川、浅野川は浅野川である。「女川ってね…」なぞとほろ酔いの淑女がカクテルから摘み出したサクランボの茎を舌で結んで見せてき、しなだれかかってきた、みたいな経験もない。女川童貞である。
その由来は、男川たる犀川の流れが急、女川たる浅野川の流れがおだやか、ということらしいが、そうしたアンコンシャスバイアス丸出しの愛称はもうすぐ消えるだろう。第一、言ってねーし。知らねーよ、そんな呼び方。勝手に属性を妄想に当てはめてんじゃねーよ。


浅野川の川筋を進み、山田らの集団への警戒を強める地域を通り、浅野川に架かる小橋を渡ると、「こーひー屋 さいふぉん」が見えてくる。



小橋の近くには、ケンタがあって欲しいような気もするが、じゃあ棚橋の近くには弘至がなけゃいけないのか。もう棚橋は社長なのだし、時代は変わる。それでも変わらない風情を保っているのが「さいふぉん」
後から、マダムに聞いたところ49年の歴史を重ねているそうだ。ここ39年って仰っていた気もするのだが、一切メモを取らないストロングスタイルでのブログ執筆なのでご寛恕いただきたい。いずれにしても、長い歴史を刻んできた喫茶店。「さいふぉん、愛してまーす」という棚橋の叫び声が聞こえてきそうである。
なにより、喫茶店への関心層と、プロレスへの関心層が交わる世界線は存在しないので、こういう描写は今すぐやめるべきだ。


ああ、改めて画像見返すと、「since 1986」とありますね。
39年であっています。愛してまーす。
扉を開けると、すぐ右手にマダムお手製の「自由にお持ち帰りください」ゾーンがあり、テーブルが一卓。
ゴリラとお犬の先客があり、その隣にはポスターが置かれている。テーブルに置かれたグラサンは位置的に多分犬の持ち物だと推察する。
入口から見て左手には、カウンター。
カウンターに面して横並びに備えられたテーブル席に座る。
「こっちのテーブルでもいいですか?」
「はい、いらっしゃい。どうぞどうぞ」
白湯とメニューを持ってきてくれたマダムに、喫煙の可否を確認し、灰皿を獲得。
そう、「さいふぉん」は
喫煙可
レースの敷物の画面を覆われてはいるが、テーブルは麻雀ゲーム筐体。
長い歴史で、クッション性をいくらか失した椅子には、座布団やタオルの簀巻きでフカフカ感補充がなされている。フカフカ感より、フカフ感の方がキャッチーだね。
白湯と石油ストーブでありがたく暖をとりながら、メニューを吟味。
煎茶セットが、お茶請け付きで400円というお得過ぎる様相で頼んでみる。
「煎茶セットを」
「えっ?」
「煎茶のセットでお願いします」
「ごめんなさい。今切らしとってね」
「ああ、じゃあ、このルシアンコーヒーでお願いします」
「はい、ちょっと時間もらいますねー」
小柄で、人懐っこく笑うマダムは少し耳が遠くなっているようだが、それもまた39年の重みである。
ここで、ゴリラ、グラサン犬、私に続いてご年配の常連さんが来店。
「車停められた?」
「おん、ちょっと先で、停められたわ。いつものとこは、雪でダメやね」
「私も何年振りやろ、店の前雪かきしたんやけど。もう、辞めときって娘に言われて、ちょっとだけ」
「今年は、ようけ降るわいね」
店内を撮影する許可をいただきウロつく。




壁には、マダムが旅した証。写真、切符、入場半券などが飾られている。
「これ、全部行かれたところのですか?」
「そう、全部行ったんよ。もう昔からのヤツ」
「万博もあるし、全国行ってはりますね」
「ぎょうさん行ったんよ」
「あら、プロレス。日本プロレスもありますね」
「そう、あんまり覚えてはいないんやけどね」
かつてのプロレス北の聖地、札幌中島スポーツセンターでの興行。馬場、猪木、大木金太郎、イワン・コロフにフレッド・ブラッシーの名もある。
だからさあ、純喫茶好きとプヲタの関係値なんてないの。
でも、実際「さいふぉん」のマダムはプロレス行ってるじゃないか。
でもでも、このあと、お前が「札幌中島といえば、長州藤波戦に藤原喜明が乱入したところですよね」って言ったら、なんの答えももらえなかっただろうよ。
もう、プロレスの話はしない。
すると、店名に偽りなし。
サイフォン式でのコーヒー淹れが始まって、マダムがカウンターに呼んでくれた。
「ほら、もうちょっとするとボコってするからね」
「このシステムで39年ってことですねぇ」
「そう、最初っからある機械やからね」
「もう、来ますか?」
「や、いや、まだよ、まだ」




「まだ、ボコっは?」
「まだよ、もうちょっと…、来るかなぁ」
「ほら、来たよぉ」
「おおー!」



サイフォン式もドリップ式も、あと水出しですか。
どっちにしろ、味の違いはわからないバカ舌ですから。
けど、非常にイベンチュアリーをもたらすシステムで、マダムの手際と、私のシャッターボタンを押すタイミングが餅つきめいたシンクロを生み出して、一体感が醸成されました。スイングしたプロレスの試合のようでしたね。正直。四天王プロレスを感じました。全く、もういい加減にしてよね。
歴史の詰まったサイフォンで淹れられたコーヒーと、ココアのフュージョンであるルシアンコーヒーをいただく。
剛のコーヒーと柔のココアの融合は、Jr.ヘビーからヘビーまでこなすダイナマイト・キッドとデイビーボーイ・スミスのタッグチームであるブリティッシュブルドッグスの、軽やかでかつ、重厚な試合展開を彷彿とさせた。もしかして、またプロレスなの? 一体、どういうことなのよ。
ご常連の方は、「いつもの」でコーヒーとさいふぉん弁当に舌鼓を打っている。
タバコを頂き、トイレをお借りする。
「どうぞ。そこの電気付けてね」




和式だが、キレイにされていて不潔さは皆無。
しかし、古い水回りはどうしてもガタを見せる。水洗レバーの表示がズレているので、書いてある通りに回そう。押しながら回す感じだ。お前ならできるよな。


「これは、絵葉書ですか?」
「そう、色んなところの。行ってきたところの。良かったら見てください」




海外のものもある。



カンヌのパンフレットも、
「これって映画祭のカンヌですよね。行かれたんですか?」
「そう、北野武さんが映画出されてる時でね、武さんいないかなぁ、って探したんだけど会えなかったわ」
「なんか他に有名な俳優見ましたか?」
「いたと思うんだけどねぇ。誰が誰やらわかんなくってね」
「自由に見てね」と言ってもらったファイルには、マダムが鑑賞された映画のパンフレットやチラシが。









『マイ・フェア・レディ』の半券には、千日前スバル座の文字。
聞けば、マダムは金沢に嫁いでくる前には大阪住まい。ご主人とお姑さんと共に、「さいふぉん」を築き上げ、今は一人でこの店を守っている。
「今でも映画観に行かれるんですか?」
「いっとき観なくなってたんだけど、この店にね、映画好きの人が集まるようになって、『あれ、良かったよ』とか勧められてね。また行くようになったんよ」
「一番好きな映画なんですか?」
「それ、言われるとホントに困るんよね。一番とか決められない」
確かに愚問である。
私もマイフェイバリットとか聞かれても困る。「分かった。50本に絞るから、2週間くれ!」と答えるしかない。
「でも、最近観たイランの、昔の」
「キアロスタミですか?」
「そうだったかな、あの辺のはいいねぇ」
と、VHSテープを見せてくれた。
お懐かしやのビデオテープのラベルには、手書きで、
「桜桃の味・カンバセーション/盗聴・if/もしも」
とある。これは、”孤独”三部作みたいな取り合わせ。いいラインナップ!
「いやぁ、いい三本立てじゃないすか!」
「BSの毎日やっとるでしょ。1時から、あれを録ったのがいっぱいあるんよ。だから、ここのテレビでね。昔はレーザーディスクもあったんだけど」
「デッキが壊れたですか?」
「そう、でもこのビデオの機械はね。まだ全然動くんよ」
マダムにテレ東の「午後のロードショー」も教えてあげたい。
きっと、午後ローも気に入ってくれるはずだ。ただ、残念なことに石川県にはテレビ東京系列の局は存在しない。
「それじゃあ、このカウンター座ってビデオ観るのが楽しみなんですね」
「まだまだ、観るのいっぱい残ってるから。楽しみいっぱい残ってるよ」
仕事も、趣味も、マダムのこれまでが詰まった空間が「こーひー屋 さいふぉん」
営業時間が終わっても、マダムがカウンターの客席側で映画に浸っているところを想像する。客が居るときも、マダム独りきりのときも、ここは、かけがいのない場所。
帰り際に、「自由にお持ち帰りください」ゾーンでチラシ製ショッピングバッグと折り鶴をいただく。
「ここのポスターももらえるんですか?」
「これはねぇ、一応売り物なんよ」
「ジャン・レノ カレンダー」
をめざとく見つけ、500円で譲ってもらう。
いただく前に中をあらためてもらうと、ジャン・レノではなく、郷ひろみのポスターが出てきて、
「あれ?ジャンはどこ言ったかね。なんで郷なんかね」
と慌てるマダム。
ほどなく、無事にジャンが発見され、私の手に渡った。


google MAP
所在地
金沢市瓢箪町25−25
営業時間
9:30~18:30
定休日
なし
席数
カウンター x 5
テーブル x 3
電源
未確認
Wi-Fi
なし
SNS
なし
店内BGM
テレビ(テレビ朝日系)
トイレ
和式
喫煙の可否
喫煙可能