喉の渇きを癒したいとき、足の疲労が臨海に達したとき、しのつく雨をしのぎたいとき、買ったばかりの文庫本を開きたいとき、そして、紫煙をくゆらすひと時を過ごしたいとき。 路傍に佇む喫茶店の門をくぐる。 なるべくならば、煙草の似合う、そんな店がいい。
<本日のサ店>
パナ7(セブン)




ここより下は、当ブログ執筆者の身辺雑記をふんだんに含んだ、取るに足らないとしか言いようのない雑文雑記ですので、お店の基本データのみを知りたい方は、上記目次より各項目をクリックし、あなたが必要とする情報を摂取したのち、早々に離脱することをお勧めします。バイバイ!
都市の、文化的成熟度あるいは、浸透度または定着度を測る目安として、その街の「映画館の数」がある。
私が住まう金沢市には、シネコンが4つ。ミニシアターが1つ。
越境しなければスクリーン自体に出会えない街もあるだろうから、まだ恵まれている方だろうが、4つのシネコンは番組が被りまくっており、観られる映画のバリエーションで言えば寂しいものである。
ちょっと珍しい映画がかかっても、1週間で消えてゆく。
興行の成否は初週の成績で決まるというから、気になる作品は公開週に足を運ばないと霧消してゆく。
その意味では、高柳町にあるユナイテッドシネマ金沢は、毎週3本くらいは他のシネコンと被らないような番組編成をしてくれているので、ありがたく通わせていただいている。なるべく初週に。
しかし、立地が完全にマイカー利用者向けで、公共交通機関を利用して赴くにはやや不便。私は、自動車運転免許を所持してはいるが、3回運転して2回事故るような運転適性しか持ち合わせていないので、主に自転車で訪れている。
いきおい、映画の前に茶でもしばこうか、と思うのだがユナイテッドシネマ金沢の近隣にはコメダ珈琲かパチ屋の喫茶コーナーしかない。
もちろん、コメダで充分というか十二分以上だが、コメダでは喫煙が出来ない。それに、シロノワールばかり食っていたら、既にクソデブなのに輪をかけて、三百貫デブになってしまう危惧を覚える。
さほど離れていない場所には、以前訪れた「あうん堂」があるので、そちらの利用も適切。行きましょう。
もう一軒くらい、より映画館至近に喫茶店が無いか?と探していたら、偶然に「パナ7」を発見した。
スマホを有効活用しているITボーイの私だが、「パナ7」はネットでは、ほぼ発見できない。
なので、本当に偶然訪れることが出来た。
「町で何かを得るには、車の速度では何ひとつ拾えない。最適は歩き。十歩譲って自転車。その速度で動かなければ、目的地と出発点の往復だけになり、無駄でステキなものとは出会えない」
と仰っていて、車の運転が壊滅的に下手な私にとっては、縋りついてきたような至言である。
結果、その言葉通り、自転車の速度で「パナ7」と出会えたことになる。
あー、もうスマホなんてぶっ壊せ。
ないけど。
マンションの一階部。
少し奥まった位置に「パナ7」の入口がある。
金沢駅から続く200号線は、それなりの交通量だが、車道から店舗の方を見るとバラ?だろうか、「パナ7」の存在を隠すように咲き誇っている。


扉を開くと、眼前にカウンターがありマダムが出迎えてくれる。
右手には、大きなガラス沿いにテーブル席があり、窓外には前述のバラの姿が美しい。外光は十分に店内に差し込んでくるが、それは、カウンターまでを照らすほどの強さではなく、私が喫茶店に求めるところの、落ち着きをもたらす薄闇のようなものが形成されている。
店内には先客の旦那さんがおり、モーニングのトーストを摘んでいた。
「そしたら、アオキによって歯ブラシの硬いのん買うていくわ」
旦那は、この後「パナ7」の向かいにあるクスリのアオキに行くのだろう。
硬い歯ブラシは、歯茎を痛めつける恐れもあるのでブラッシングは優しく行って欲しい。
「ありがとう!」
硬い歯ブラシの旦那はご常連らしく、マダムに感謝の言葉で送り出され、自転車を漕ぎ出し、クスリのアオキに向かうのが大きなガラス窓越しに見える。
アイスミルクティーを注文し、灰皿を探して目線をさまよわせていると…
「タバコ?吸われる?」
「はい。イケますか?」
「はい。どうぞ」
見事な洞察力のマダムから灰皿を受け取り、NHK-BSの海外ニュースに目をやりながらライターを取り出す。そんなことで、「パナ7」は
喫煙可

出してもらったアイスミルクティーは、牛乳がふんだんで、自然な甘みが爽やかである。
テレビからは、国際ニュースが淡々とした口調で流され、硬い歯ブラシの旦那が去った店内にはマダムと私が残された。

「こちら長いんですか?」
「ここ?昔はスナックをやってらした場所だったんだけど、いろいろ直して喫茶店にしたのが40年くらい前かな」
開店してからご主人とお二人で営業されていたが、15年前にマスターが亡くなられる。
「それからは、私一人。そうそう、今年昭和100年でしょ?昭和60年に始めたはずだから… だから40年になるのかな」
マダムによれば、「パナ7」が入居するこのマンション「ソフトオフィスビル2+4」は、現在ホテル経営で名を馳せる「APAグループ」が不動産事業で金沢市に建てた分譲マンションの先駆けだという。マンションの竣工 は1977年。
「もう古い建物だけど、この間の地震にも耐えたから丈夫。ちょっとガスの配管は直したけど」
しかし、創業40年を誇る喫茶店が、ほとんどネットの、文字通り網に引っかからないのは不思議である。私も何度もこの通りを行き過ぎたが「パナ7」を発見できなかった。
「ここ、インターネットに載ってないですね」
「そう?」
「ええ。最近はネットに頼ってばっかりだから、その先の映画館にはよく来るんですけど、私もコチラ分かってなかったです」
「でも、今日は来られてるもんね?」
「そうですね」
「じゃあ、ネットなんかに載ってなくても、やっていけるって言うことや(笑)」
お説の通り。
ネットなんぞに己の行動を先んじられて、狭められて、たまるか。
ブログなんぞ書いてるのは阿呆。でも、このブログを読んでいる貴方は利口。
それでも好事家は「パナ7」を見つけ出すそうで。
「今、喫茶店の古いとこ回る若い人がいるでしょ?写真撮って、メニューから何から全部撮影していく。時間経ってからまた来られて、『覚えてますか?』って、大体覚えとるよ」
「それ、凄いすよね。私なんか人の顔なんか一切記憶できないです」
「それ、私もね。テレビなんかBSしか見んから、役者の顔も覚えられん。若い役者さんなんかみんな一緒(笑)でも、お客さんの顔はなんとなし覚えてれるねー」
歳をとって、老眼が進むのは天啓として、「お前はもう新しいことは覚えんで良い」と言われているような気がする。
実際、私の目には平野紫耀も横浜流星も目黒蓮もみんなおんなじに見える。
平野さんに至っては、下の名前をどう読むのかもわからないし、横浜さんにしてもそうである。顔が小さく、前髪が決まっていて、キラキラしていることは分かるが、個別判読不能である。東映ピラニア軍団は全員暗唱できるのだが。


金沢駅からは幾分距離があるが、ツアーではなく独立独歩タイプの外国人観光客のなかには「パナ7」を訪れる人たちもいるそうだ。
「喋られんから困るー(笑)外国の人はみんなテラス席ないのか?って言うよ。でも、この店の前はマンションの共有部やから、席作られんしね。外国のカフェとか、通りに面して席たくさんあるでしょ?そのイメージなんかな。私なんか、狭ーい室内でまったりするのが好きやけど、向こうの人は違うみたい」
ネットなんかに依存しているのは、私のような愚か者だけなのだろう。
純喫茶好きの若者も、外国からの訪問者も、Google先生に言いつけなんか聞かずに、こういう素敵な喫茶店を探訪している。
真に素晴らしい行いである。
そして、「パナ7」のマダムも飄々と、淡々と、自分の店を守り続けているのである。


先述の通り、マスターを亡くされてからはマダム一人で店を切り盛りしている。
「今、モーニングだけ。どんどん食事メニューは減らしていって。ピラフとかもやってたんだけどロスが大きいから。続けていくには、そうなってくる。一人やしね」
「パナ7」という店名は、どこから来ているのだろう。
「マスターが付けたから聞いたこともないげんけど。お客さんに言わしたらパーソナリティ7? 少ない人数で集う? みたいな意味なんかなぁ、って。マスター生きとる内に聞いといたらよかったね」
「私なんかもう後期高齢者やから」とうそぶくマダム。
40年守り続けた喫茶店のこれからは?
「あそこ、兼六園の横のお店もやめられたしね」
「ああー、そうです。『いしかわ門』ですね」
「なかなか跡継ぎがおらんわいね」
「マダムもいませんか?」
「いない。若い人に店ごと譲ったら?って言う人もおるけど、なんとなし私が辞めたらそこまでかなぁ。今、なんとか元気にやれとるしね」
「また豆が値上げするって通知来とったよ。だけど、そのまま料金に転嫁するのわね… 考え中。やっぱり、コーヒーが1000円近いとか利用しにくいわいねぇ。お客さんみんな年金生活者やから」
「近所の方が多いですか?」
「ううん。そんなお近くでもなくて。遠くに引っ越してからも『ちょっとこの辺来たから!』って顔出してくれたりね」


そうこうしていると、ご常連のご婦人が来店。
ちょうど歯科医からの帰りのようで、高額の治療費を先払いしてきた、と。
硬い歯ブラシの旦那といい、このご婦人といい、今日は歯がらみの方が多い。
そういえば、私もそろそろ定期検診の時期。
歯医者は、選択肢が豊富すぎて、どこに通おうか?いまだに決め手が見当たらない。
マダムとご婦人の会話に私も混ぜてもらう。
「歯医者は”当たり”を引けるか?ギャンブルですよね」
「うん、でもアソコは結構いいみたい」
「そうやね。結構評判いいよ、アソコは」
「でもねぇ、歯医者だけは行かな分からんよねぇ」
確かに常連のご婦人のおっしゃる通り歯医者は行ってみなきゃ分からない。
どんなに、ネットで口コミを拾っても、両極端のコメントにぶち当たり、さらに迷宮に迷いこむ。
そしたら、なんと!意図せずに、私の口から最高のパンチラインが飛び出す。
「喫茶店もそうですよね!」
私の言霊を受けて、ご婦人もサイドキック。
「そう。ここも来たら分かる、いい喫茶店やぁ。ずっと続けてもらわんと。私困る」
そして、マダムが自己卑下気味に言葉を返す。
「もう、妖怪や。妖怪喫茶!」
「いや、妖怪なんかじゃないわ。今こんないい喫茶店ないわ」
「遺産ですよ」
「うん、そうやね。遺産かな」
いやーなんかスッポリと収まるところに収まった。
常連のご婦人からのパスを受けて、「喫茶店もそうですよね!」からの「遺産ですよ」と「パナ7」の評価軸を構築した私の弁舌。
自分を愛でたい。
インターネットの情報網から外れることで、無責任な口コミに晒されることを免れている「パナ7」。
歯医者帰りのご婦人の賛辞こそが、「パナ7」への極私的な生の評価である。
ネットの外で、確かに営む。
「パナ7」はそんな喫茶店であった。
また、来ます。



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所在地
営業時間
7:00〜13:00 月〜金
7:00〜12:00 土・祝
定休日
日
席数
カウンター x 7
テーブル x 1
電源
なし
Wi-Fi
なし
SNS
なし
店内BGM
NHK-BSテレビ
トイレ
未確認
喫煙の可否
喫煙可




