たまらなく暑い季節が到来して、ますます、避暑および生体機能の回復といった意味あいで、喫茶店という場所の価値を再確認するこの夏。
数週間前、訪れ、2025年7月をもって営業を終えられることを知った
「珈琲館 モンシェリ」

「敬愛」と題された閉店挨拶文の名文っぷりに膝を打ち、歴史と信頼を漂わせる店内の様子に痺れまくった40年を超える
その最終営業日2025年7月31日に、なんとかギリチョン最後の一杯を頂戴しようと現地に向かいました。
どうなのか?
まったく「モンシェリ」の常連でもなかったこわっぱが、最終営業日にどんなツラして入店するんでしょうか。
閉店厨との誹りを免れないのですが、でも行かなかったら後悔するに違いない。
本来ならば、午前中あたりにサクッと行ければよかったが、生来の物理的精神的両面での重い腰を起こすのに時間を要し、しかも外界は恐ろしいほどの陽射しと熱気に溢れている。
でも行かねばならない。
とて、最終営業日の、しかも閉店間際なぞに私のような新参が「今までありがとう!」みたいな装いで出向くのは場違い感甚だしい。
でも行かねばならない。
今日行かねば、もう「珈琲館 モンシェリ」には、もう行けないのだ。

という訳で、逡巡と躊躇、少しばかりの懊悩の果てに、「モンシェリ」に到着したのは、15時過ぎ。
店舗まで近づきながら、駐車場に車輌が少ないことに気付く。
端っこに一台の軽車輌が停まっているが、記憶を辿れば前回訪れた際にもこの位置に、この白い車はあった。
つまり、この白い車の持ち主は「モンシェリ」の方だろう。
終わった。
もう終わった、のだろうか。

そして、数十秒後には決定的な文字列を目にする。

「本日は 終了しました」
そうか。そうだろう。
私は、どこか安堵もしていて、それは「モンシェリ」の最後の日に、訳知り顔で店内に居ることへの含羞を想像もしていたからだ。
店の前をゆっくりと通り過ると、入り口付近の床を箒で掃きあげている女性の姿を認める。
この辺が私の超絶ゲスなところだが、大変不遜な態度だが、件の女性に近付き声をかけた。
「こんちは。もう、閉店されましたか?」
「そうなんですー、ごめんなさい!」
「もう、今日が最終日でしたよね?」
「はい。今日で」
「お疲れ様でした」
「いえ、ありがとうございます」
応対してくれた女性は、前回訪店時に、会計をしてくれた「モンシェリ」の3人のマダムの中で最若の方であった。
去っていく私に向けて、何度も頭を下げてくれたマダムは晴々しいほどの笑顔であった。
正直、こうしたブログをやっていなければ声かけなどしなかったろうと思う。
どこかに、今日の訪店を記事化せなばならんというヤラしさがあった。
ただし、こうしたブログを始めていなければ、「モンシェリ」に来ることも、閉店を知ることもまた無かっただろう。
前回訪れた際に、店内の電話ボックスや、コーヒーチケットが並べられたプレートを撮影できなかったので、「ちょっと、お邪魔して撮らせていただきたいのですが…」という台詞も、すぐ喉下に用意していたのだが、言えなかった。むろん言わなくてよかった。


マダムと会話を交わしてから、少し離れてスマホのカメラで「モンシェリ」の外観を撮影する。
箒をかけていた最若のマダムと入れ替わるように、前回訪店時に、厨房の中にいた最も年嵩のマダムがエントランスルームにある水槽を磨き始めた。
ということで、私の「珈琲館 モンシェリ」への訪問はこれで終わりである。
「もう、ちょっと営業続けようと思うんですよ」
みたいな言葉は聞けなかった。
「珈琲館 モンシェリ」は、もう無い。
お疲れ様でした。

この後、至近のイオンモールでガシャポンの新ラインナップを確認し、少し足を伸ばして「リンデンバーム」という喫茶店を訪れ、夕暮れ間近に再び「モンシェリ」の前を通過して帰宅した。
2025年7月31日は、暮れていった。
長年、その翌日までの猶予期間に掲示されていたであろう
「本日は 終了しました」
の文字列を、
「本日 で 終了しました」
と脳内で読み替える。





