喉の渇きを癒したいとき、足の疲労が臨海に達したとき、しのつく雨をしのぎたいとき、買ったばかりの文庫本を開きたいとき、そして、紫煙をくゆらすひと時を過ごしたいとき。 路傍に佇む喫茶店の門をくぐる。 なるべくならば、煙草の似合う、そんな店がいい。
<本日のサ店>
リンデンバーム



ここより下は、当ブログ執筆者の身辺雑記をふんだんに含んだ、取るに足らないとしか言いようのない雑文雑記ですので、お店の基本データのみを知りたい方は、上記目次より各項目をクリックし、あなたが必要とする情報を摂取したのち、早々に離脱することをお勧めします。バイバイ!
「珈琲館 モンシェリ」の閉店を見届けて、というか閉店後を確認して、というかただただ見送ってから、せっかく福久地区まで遠出したので、付近の喫茶店を探すことにする。
途中、「クスリのアオキ」の派生店舗である「スーパーのアオキ」なる路面店を発見した。瞬間「アオキ」を名乗るパチモンなのかと疑ったが、その隣には本元「クスリのアオキ」があったので、きっとオフィシャルなのだろう。
「クスリの〜」のイメージ通りならば、きっとお得なお店なのだろう。
怒涛の勢いで出店を続ける「クスリのアオキ」金沢や野々市にはそこらじゅうにある。
この勢いのまま、「布団のアオキ」とか「発光ダイオードのアオキ」とか、横展開して金沢を日本を世界を「アオキ」で染め上げて欲しい。
と思ったことは微塵もない。
当然ながら、「アオキ」に入れば、私の喉を潤してくれる飲料が100円以下で手に入るはずだが、今私が今求めるのは、喫茶店で供される飲料である。
「珈琲館 モンシェリ」が面している金沢バイパス道路を津幡方面へ北上し、イオン金沢の手前で左折、201号線を進む。
このあたりは「蚊爪」と呼ばれる地域で、「カガツメ」と読む。
普通に読んで「カヅメ」ではなく、正解は「カガツメ」とは、難読地名としては今ひとつ面白みに欠ける。
爪のある蚊。あるいは蚊の爪。イマジネーション豊かな書き手ならば、推理小説のひとつでもこさえそうな地名である。
害虫界の夏の主役である蚊も、その活動適温は30℃未満であり、昨今35℃超えが常態化した日本の夏では出番を奪われているようである、
蚊も辟易するような暑苦しい日には、喫茶店に駆け込むが吉。
ほどなく、201号線の右手に「ティーブリーズ リンデンバーム」が見えてくる。




ところどころ痛みはあるが、現役の逞しさを感じさせる外壁を伝って入口扉を開ける。
入ってすぐに、中身を失った電話ボックスがあり、右手にはかなり広いスペースにテーブルが4つ。左手にマダムが佇むカウンター、その向かいには上部がパーテーション、下部が新聞雑誌書籍が大量に詰まった棚がある。
パーテーションを挟んで、テーブルが2卓。その奥にも、一段上がった土間のようなスペースがある。
「ここが一番涼しいかも」
と、入れ替わりで退店されたご夫婦の食器が残されたクーラーの冷風が天井から落ちやすいテーブルを薦めてくださるが、
「いえ、コッチでいいですよ」
と窓側のテーブル席に座る。
「コーヒーにしますか?」
「メニューはありますか?」
「今は、飲み物だけやから、メニュー用意してないんです」
「冷たいのんは何ありますか?」
「コーヒーか、コーラか、アイスティーか……」
「じゃあ、アイスコーヒーお願いします」

隣のテーブルの皿を片付け、カウンターに戻られるマダムは、外界の酷暑をサラリと受け流すような涼しげな出立ち。
手作りと見えるマスクをゆったりと口元にかけ、髪をうしろにまとめ、細身の身体に糊の効いた白シャツをざっくりと着こなしている。
ややくたびれている外観と同様に、「リンデンバーム」の店内も年月を感じさせる様子だが、ウッディーな意匠に暖色系のライトが映える。
和洋の折衷を際立たせる店内の明かりは、窓外の痛いほどの眩しさとは異なり、腰を据えてコーヒーをチビチビ飲むことを全面的に許容してくれるような暖かみがある。

入店時にチラッと見かけた棚につめ込まれた書籍類を眺めに一旦離席。
カウンター横の保冷ケースに入っているのはゼリーだろうか。
ゼリーもいいなぁ。

「これは、コーヒーゼリーですか?」
「いえ、ココアプリン」
プリンもいいなぁ。
と、しばし黙考していると、
「そうだ。アイス乗っけましょうか?」
「プリンにですか?」
「いえ、コーヒーに」
「ああ、コーヒーフロート?」
「ええ、アイスつけましょ」
なんだか、出来の悪い別役実の芝居みたいなやりとりになってしまったが、マダムの機転で注文品はコーヒーフロートに転じた。
書棚に司馬遼太郎の『街道をゆく』のムック本を見つけ、パラパラと開いていく。
大部である『街道をゆく』シリーズが相当数蔵されている。
「これは、シリーズ全部あるんですか?」
「そう、昔買い揃えたんですよ。司馬さんお好きなの?」
「そうですね、学生の頃、随分読みました」
「いいよねー。司馬さんは」
「でも、だんだんヒロイズム?が鼻についてきて、吉村昭の方に移行しました」
「そうねぇ、吉村さんの方がなんていうのかなぁ、リアルっていうか、史実に即してるよね。私は、華やかな司馬さんの方が好きかな」
ざっと見で、3桁は下らない数の雑誌や単行本、文庫本が整然と並んでる訳ではなく、横向きに、縦置きに、びっしり。まさに詰め込まれている。
「歴史もの好きなんですね」
「そう、でも全部読んでるわけじゃないのよ。そこにあるのは、お客さんが持ってきてくださる本もあるから。最近は、軽い?ヤマサキマリさんとか読みますね」
「なら、塩野七生とかもお好きですか?」
「塩野さんも面白いわよねー」
私は知らなかったが、マダムは司馬の妻君の方のこともよくご存知で、話をしてくれた。
「東大阪に司馬の記念館あるんですよ。行かれるときっと楽しいですよ」
「いいわねー。私はお正月の一日二日以外はずっとここを開けてるから。どこにも行けない」
「それは、ちょっと寂しいですか?」
「いえ、お客さんが… あなたもそう、どこ行ってきた!これ見てきた!って話してくれるでしょ。それで私も行った気分になれるから。私は、夢の中で行くだけ」
なんという使命感。
つくづく、私のような客にとっての「いつ行っても開けてくれている喫茶店」という安心感は、店主の大いなる犠牲と引き換えに受け取れる感情なのである。
そして、もう賢明な読者諸兄においてはお気付きのところだろう。
私が、綺羅星の如き作家たちを呼び捨てしてる間も、マダムは常に「さん付け」の呼称を貫いておられる。
このあたりが、品格の違い。
ところで、入店時から気になっていた店奥の小上がりスペースについて伺う。
「ここは何のための場所ですか?」
「昔は、この近くに問屋さんがいっぱいあって、そこで働かれているお母さんがたくさんきてくれてね。小さいお子さんがみんなで遊んでおける場所を作ったのよ。今は物置になっちゃてるけど」

「ここの裏手に団地が二つくらいありましたからね。お昼はお母さんたちが来て。会社もたくさんありましたもんね。営業の皆さんが会社からまずはここに寄って来られてね。お手伝いで何人も雇ってたし、料理も出して、夜中12時までやってたんですよ」
創業から既に半世紀近いとのこと。
「もう40年?50年?とにかく大昔」
その後に続いた台詞が、また自虐的で、可愛らしい言葉であった。
「今はもう私のボケ防止にやってるだけ」
そう嘯くマダムの、はにかんだような笑みが、失礼ながらとても可愛らしかった。
やがて、コーヒーフロートが出来上がり、席に戻る。
なるべく吸うことも目的としている私は、カウンターにひっそりと置かれたガラス製の器を見逃してはいなかった。
「これ、灰皿ですかね」
「はい、どうぞどんどん吸われて」
ということで、「リンデンバーム」は
喫煙可


マダムのオススメでバニラアイスを浮かべてくれたコーヒー。
琥珀色に筋状に溶けていくアイスの乳脂肪分の白。
シズル感とは、コレである。
珈琲の苦味を打ち消して余りあるアイスの甘ったるさ。
そして、ニコチン。
喫茶店で味わえる最良の味わい。
そうこうしていると、窓外にエンジン音がし、内灘から毎週のように通われているというご常連さんが来店。
「あなたもカウンターに灰皿持って来られたら?」
マダムにお誘いを受けたら、断る理由一片も無し。
カウンターの両端に私とご常連さんが座し、中央にはカウンター内のマダム。
政治、経済、世評、様々な話題に花が咲いた。

昔からテレビを持っていなかったというマダム。
今も、ラジオをよく聞かれるとのこと。
そこに、数年前からネットが加わったという。
「今まではずっと豆を仕入れる時は電話でお願いしとってん。けど、何年か前に『コレからはネットでやってください!』って。私はパソコンなんか持ってない、って言ったら、『スマホ買ってください!僕が教えてあげますよ』って。それでスマホでネット使えるようになったの」
「教育されたんですね(笑)」
「そう、スパルタで(笑)」
今では、マダムは早朝に起きて楽しみな配信を見るようにまでなられたそう。
「ちなみにここはずっと喫煙ですか?」
「昔はみなさん吸われたから。この間、保健所の講習会も受けてきたから、どんどん吸って大丈夫よ!」
「そうか、講習とか受けなならんのですね」
「2時間くらいあったけど、後半はみんなほとんど寝てらしたね(笑) それがこないだの水曜日で、みなさんに事前に伝えておいたつもりなんだけど、店来られた方いらしたみたい」
毎日店を開けることを常とするマダムが、お休みするのは、そうした業務上の雑務以外には、通院する時だけ。
病院に行かれても、戻られてからカウンターに入るらしく、一日丸々休むことはないという。
頭が下がる。
2時間近く長居を決め込んだので、どんどん追加でお茶請けや飲み物が出てくる。
番茶、煎餅、アイスボックス
500円しか支払わないのに、過剰なまでのホスピタリティ。
あざす!
痛み入ります。


「マダム、近くの『モンシェリ』っていう喫茶店知ってますか?今日、閉められたんです」
「ええっ!モンシェリさん? いやー、ショック!ママさんお身体悪くされたんけ?」
「いや、詳しい事情は分かりませんけれど、でもこないだ行った時はみなさんお元気そうでした」
「いやー。イヤやわー。多分、ここよりも先輩やと思う。親しくさせてもらってた訳じゃないけど、モンシェリさんが頑張っておられるから、私も!って思ってたんよ。いやー、残念ショックです……」
言葉を失っているマダムに向けて、ご常連さんが一言。
「そら、ママもっとココ続けないかんわ」
「上手いこと言って(笑) そうか、モンシェリさんやめられたんですか。うーん、頑張らないかんね」

カウンター近くの壁には、「リンデンバーム」開店当時の写真が掲げられている。
「この歌知ってる?」
と、マダムが口ずさんだのは、シューベルト作曲の『菩提樹』という曲。
「♪ 泉に添いて 茂る菩提樹 ♫ したいゆきては うまし夢見つ」
「したいゆきては うまし夢見つ」
とは、
「恋しく思いながら近くに寄っていけば 素敵な夢を見た」
という意味らしい。
「リンデンバーム」に通い続けるご常連さんの気持ち、そしてそれをいつも待っているマダムの気持ちも、同時に詠み込まれているような歌詞である。
「ごちそうさまでした」
と席を立つ。
「楽しかった。また、いらしてください」
「また、来ますね」
ご常連さんとマダムが軽く手を振ってくれて、私も手を振り返した。





ちな、以前「もう無い喫茶店」にてご紹介した「喫茶 リンデン」と「ティーブリーズ リンデンバーム」には特に関連はないそうだ。
google MAP
所在地
金沢市木越町ト34ー1
営業時間
8:30〜18:00
定休日
なし
席数
カウンター x 4
テーブル x 6
電源
なし
Wi-Fi
なし
SNS
なし
店内BGM
トイレ
未確認
喫煙の可否
喫煙可






