名前はまだ無い。
と書けば、小説における猫の一人語り。
「まだ無い」というのは、「これから名乗る」という未来志向で希望に満ちている。
が、今回訪れた喫茶店はもう無い。
そして、かつてあったであろう店名も、今や不明。わからない。
名前はもう無い。
国道157号線沿い、北鉄バス泉一丁目停留所を目の前にして、その、もう無い喫茶店はある。
しっかり図書館などに出張って旧住宅地図で確認するのが、真っ当な手順であるが、その辺りをざっくりとねぐるいつもの手抜き考証で、googleストリートビューを遡ってみたが、確認出来るもっとも古い2012年10月時点の画像で、既にして店名を認められる看板の類いは撤去されている。
2012年時点で、閉店から相当の時を経ていたものと思われる。
また、2012年から数年は、「貸店舗」と記されたプレートの存在も確認できるが、以降消える。「貸店舗」扱いにもなっていない現在は、貸主たる方がご存命ではない、と考えるのが合理的だろう。
そうなってくると、この建造物がかつて喫茶店であったのかどうか?
についての懐疑を持たざるを得ないのだが、近づいてみると、喫茶店であったことは明らかであった。
入口扉左手にはショーケース。
店内を覗けば、カウンター、椅子も残されている。
煉瓦造りの外壁には、神話をモチーフにしたようなレリーフ。
二階部の窓枠の意匠からするに、二階にも客席があったのではないか。
作り込まれた店内が想像される。
おそらくガキの頃にの私も自転車漕ぎ漕ぎ店頭を横切っていたに違いない場所であるが、全く記憶にない。
残滓ではあるが、これだけの外観を誇る店舗。
小学生が近寄り難い喫茶店だったのではないだろうか。
通電させて、店内の煤払いをすれば、直ぐにでも飲食店が再開できそうな内装の保存度だが、現実には少なくとも15年近く伽藍堂のまま。
看板や店の面影が読み取れないのは、当初は新たなオーナーを探していたから、だろうか。
なんとなく、私が店を閉じる際には、一切合切己の痕跡を消し去って、ホワイトキューブ化して去っていきたい気もする。
私に客商売を続ける甲斐性も根性もないことを前提から外して書きました。すみません。
なんとなく、以前ここで店舗を営んでいらした人の気持ちになってみようとして、背伸びしてしまいました。ごめんなさい。
ここにはもう喫茶店は無い。
しかし、建造物としての魅力は今も感じられる。
その魅力は、確かにここで創られたであろう喫茶空間としての時間の積み重ねが産んだものに違いない。
名前はもうわからない。
この地にあった喫茶店はもう無い。