今回、発見した「もう無い喫茶店」が面した西インター大通りは何度も通過しているのだが、この廃墟(と言ってしまって良いほどの荒廃っぷり)が、かつて喫茶店だったとは思いもしなかった。

街をひとたび歩くと、主にファミマを見つけてファミチキを買ったり、またちょっと歩いてファミマでファミチキを買ったりすることに忙しく、かつて店舗であったろう遺構などには目もくれなかったのだが、「もう無い喫茶店」センサーを発動するようになってからは、ファミマを見つけてもファミチキを買うことが激減したので、健康に対する建設的な影響が著しい。
ただ、私の嗜好がファミチキからセブンの春巻に移行しただけという説もあるので、健康管理にはより一層の注意を払っていただきたい。誰が。俺が。
まちなかの「もう無い」探しで留意しなければならないのが、外見だけを観察すると「喫茶店」と「美容院」は似ているということだ。
そのどちらも、入店することで気分を変えてくれるという点で「喫茶店」と「美容院」は似ているが、大きな違いは「美容院」は退店時には相貌が変化してしまうことである。
しかし、「喫茶店」の場合も仮に飲んだコーヒーを白いシャツにこぼしてしまったりすると、やや服装の色味に琥珀色が加味されるので、それを相貌の変化と表現することもあながち誤りではない。
まあ、そんなことで、「やっ!アレ!もう無い喫茶店じゃないか?」と近づいてみると、「美容院」だったりすることがある。
これなら、「もう無い美容院」というエントリーをこさえても良いような気がしたのだが、流石にそんな記事をこさえるのは「なるべく吸える喫茶店」と冠したブログ名にもとるので抑えた。何を。俺の気持ちを。
今回の物件も至近距離まで接近しなければ、すわ美容院と所念していた。
ただ、遠目に見る廃墟感は、近づくにつれ、いや増した。
それなりに交通量がある通りに存する物件としては、異彩を放っている。
高名な、赤坂サカス前にある古民家 とまではいかないが、やや不穏。
赤坂サカスの横、TBS入り口にひっそり一軒だけ存在する異質な古民家?廃屋?戦前から建っていて、老夫婦が住んでいるという噂もあるが、赤坂の民に聞いてもあまり具体的な答えを貰えない。実勢価格は軽く5億を超える土地らしいけど何かの事情があって立ち退きに応じないのか、とにかく謎である。 pic.twitter.com/RwLosUlIEZ
— 3͎1͎0͎4͎ (@3rdwhiteeye) 2020年10月21日

一階の店舗部はもとより、二階三階にも居住者は居ないように見える。
この時点では、「もう無い」ことはほぼ確だが、「喫茶店」なのか「美容院」なのか、あるいはまた異なる業態なのか判別としない。

正面入口扉まわりの痛みっぷりも鮮やか。
むしろ、この雰囲気の店舗なら積極果敢に入店してみたいが、人の手を離れて長期間経過したからこそ醸し出されるアトモスフェアだろう。
正面右側に見える白いブランク。
ホワイトバランスをとるのに便利そうま箇所だ。
いや、ホワイトをとるのに、反射素材はふさわしくないかも知れない。
その白いブランクには印字があり、かろうじて読める。読める。読めるぞ!

諸兄は判読可能だろうか。
現地で見ても、まさに「辛うじて」読めた。
大昔に流行った3Dステレオグラムが異常に苦手で、どうやっても立体視に失敗していたのだが、今回は意図的に目の焦点をずらす必要はない、とにかく近付いて凝視するだけである。ただ、近付きすぎると、今度は己の老眼が発動するので厄介であった。
メガネを外して、街角の白紙をやぶ睨みする太ったオッサンの様はなかなか滑稽であったと思われるが、別に構わない。構って欲しくもない。
なんとなく下段の三文字が…
茶?里
茶暮里
か。
しかし、上段の文字列が見えてこない。
もう一段寄ってみる。

イ???イ喫茶
これは、喫茶店確定!
オールナイト喫茶
オールナイト喫茶?
そんな区分があるのか、あったのか。
風営法の第何次改正にあたる頃なのか。
兎にも角にも、ここにかつてあったのは
オールナイト喫茶 茶暮里
至近に「にし茶屋街」「石坂のスナック群」「ホテル 金沢アイネ」が立ち並ぶこの辺りは、淫靡な香りもする地域。
そこに、オールナイト営業する喫茶店があったのは道理かも知れない。
野町駅〜石坂スナック群跡までは👇の記事に詳しい
上の記事を書いてから、検索などしてみると石坂のスナック群のいくつかは所謂「連れ出しスナック」として機能していたようで、スナックで商談がまとまったら、向かいの「ホテル アイネ」へ、というコースが定番だったようである。
石坂には、未だほんの数軒スナックが灯りを保っており、「連れ出し」が行われているとの情報もある。あくまで情報である。情報は手段であり、真理ではない。ないのだから。

Googleストリートビューで、当地を遡ってみても、2012年10月時点で営業を終えているように見える。
驚くべきは、2012年時点で、現在と同程度に店頭のオーニングは破れ、白壁には雨筋が黒く残り、藻が生えたような汚れが目立つ。
しかし、扉の横にある現在判読に40秒は要する白い看板の文字はまだ鮮やかでしっかりと「茶暮里」と読める。
ネット上に残された画像から13年を経て、白壁には赤錆が浮き、ひび割れが目立つようになった。上階部の窓枠や手摺りには青々と蔦が絡まっている。
石坂の歓楽街に面し、少し降れば金沢随一の繁華街である片町まで近いこの場所に夜を徹し珈琲や酒を供したオールナイト喫茶があったのだ。
片町には、「オーレ」という早朝まで暖簾を掲げている喫茶店が、かつてあった。
その深夜や早朝の倦怠感と喧騒を一度は体験してみたかったが、「オーレ」といえどオールナイトではなかった。
「オールナイト喫茶 茶暮里」
は必ずしも24時間営業ではなかったかも知れない、が、その店名に即せば、深夜の底までは沈没できる場所だったのだと想像する。
逆にいえば想像しかできない。
「オールナイト」なる響きには、想像を膨らませる何かがある。

毎度失礼ながら、店内の様子を撮影させてもらう。
仕切りの細い柱も、菱形に結ばれるタイル目地も素敵だ。
残された店内の意匠のほかには、段ボールや紙片が散らばった惨状しか目に入らない。
「茶暮里」の店舗が上階(二階三階)にまで伸びていたのかどうかも判然としない。
二階部三階部にもオーニングが張られていたであろう骨が残っているので、上階部でも喫茶を楽しめるお店だったのかも知れない。
三階部の右側は屋根が引っ込んでおり、バルコニー的な造作となっている。
上階部も店舗だとしたら、オープンテラス的な趣きだったのだろうか。
想像を膨らませるごとに、在りし日の「茶暮里」への羨望が強まる。
そして、「なのかも知れない」が続く、妄想コンテクスト過剰で申し訳ないが、「もう無い喫茶店」の醍醐味は、妄想の始末にあるのであり、散らばった僅かな痕跡をかき集めて虚妄まがいを紡ぐしかなく、またそれを私は楽しんでいる。
私が楽しんでいても、貴方が楽しんでいないことは、薄々ながらしかし厳然と認知しているので、そこは申し訳ないところ。そこは申し訳ないけれど、書き続けるしかないのであり、それが個人ブログというものだと言う事は理解していただけると幸いである。
ここで、もう一つの妄想である。
「茶暮里」
ってどう読むのだろうか。
「チャボリ」と音読みするのは低脳の仕草。「サクレ」は夏場に嬉しいかき氷アイス。「日暮里」風に「チャッポリ」と読むのはただの東京かぶれ。
やはり「さぼり」と読み、その由来をsabotageからの「サボり」と解するのが適当だろうか。
「茶暮里」で検索してみると、沖縄那覇にある
「珈琲屋 茶暮里」
なるお店が引っかかる。
こちらの喫茶店は「茶暮里=さぼうる」と読ませるようだ。
と聞けば即座に思い浮かぶのは、東京神保町、1955年創業の老舗喫茶店である。
私が東京で暮らしていた時分は、休日ともなれば
「吉祥寺〜下北沢〜渋谷」ルート
と
「上野〜秋葉原〜小川町〜神保町〜御茶ノ水」ルート
を
隔週で攻めていたので、神保町の喫茶店やカレー店はかなり制覇したが、当時から「さぼうる」は特別な威光を放っていた。
まだ、先代のマスターがお元気で、喫煙も可能だったと記憶する。
「映え」という概念がこの世に存在していない世界線だったが、どこか洒落た方々が店内を埋めていた。しかし、貧乏人なのに肥え太っていた私にもマスターは優しく接してくれた。
どちらかと言えば、混雑気味の神保町界隈を避け、小川町あたりで、揚げまんじゅうの「竹むら」や「近江洋菓子店」のドリンクバーに腰を落ち着けることが多かったが、「さぼうる」の抗しがたい魅力に誘われ何度か利用したものだ。
ついでに神保町あたりの店舗を検索してみると、どうやら春巻みたいな形をした餃子の「スヰートポーヅ」は閉店してしまったようだ。
その意味でも、代を重ねて営業を継続してくれている「さぼうる」は、ひとつの奇跡なのかも知れない。
今回改めて、検索すると、神保町「さぼうる」の店名は「sabotage=喫茶店でサボる」から来ているのではなく、「スペイン語=sabor=味」ということのようだ。
以下、「珈琲と洋酒の店 さぼうる」の自己紹介欄より。
1955年創業
さぼうるは、スペイン語で「味 (sabor)」という意味
昼は喫茶 夜はお酒
条例により全席禁煙となりました
つまるところ、「珈琲と洋酒の店 さぼうる」は、和訳の果てには、
「珈琲と洋酒の店 味」
ということになり、『味いちもんめ』や『包丁人味平』『味一番』らのグルメバトル漫画に連なる系譜といえよう。言えない。
上記のような例示を見た上で、兼題は「オールナイト喫茶 茶暮里」の読みが、
「さぼうる」
なのかどうかということである。
これも先述した通り「オールナイト喫茶 茶暮里」近辺はやや淫靡でヤンチャな街であることを勘案すれば…、その辺を考慮に入れると…
一切全き、結論は出ない。
どうして、フリガナを振ってくれなかったのだろうか。
後世の民に後顧の憂いを残して去っていった「オールナイト喫茶 茶暮里」
つくづく罪作りな喫茶店。
店内に、山高帽にステッキ姿のちょび髭紳士の肖像でも残置しておいてくれていたなら
「オールナイト喫茶 チャッポリン」
とかで店名迷子も落ち着いたのに。
罪な奴だぜ「オールナイト喫茶 茶暮里」
そう荒廃した店先で呟くことしか、今の私にはできなかった。






