金沢 なるべく吸える喫茶店

吸えたら良いけれど吸えない時もあるから飲めたら満足です

もう無い喫茶店「パラライン」

「片町」
は、金沢市内随一の繁華街。

その一角にかつて、「シネマストリート」と呼ばれる地区があり、5.6軒の映画館が林立していた。
中学生時分から、一人で映画を観ることが楽しみだった私にとって、今はあらかた平面駐車場に姿を変えたこの一角は思い出深い場所。

 

 

北野武の『3−4x10月』を初日初回に勇んで観に出かけたら、観客が僅か3人しかおらず、初見の北野武監督第二作の夢オチの意味が分からず、結局最終回まで5回だか観続けた(当時は、一回の料金でいつまでも居座れた)。最終回に何人の観客が居たかは覚えていないが、暗闇の映画館を出ると外も真っ暗で、夢のような気分になった。


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長渕剛主演の『オルゴール』を友人と連れ立って出かけ、満席の館内で通路に座って、目をキラキラさせて鑑賞したが、その内容が驚くほどつまらなくガッカリした。
長渕ファンであった友人のほとんどは毒付きながら帰宅。

併映が魔法使いの出てくるアニメ映画で(当時は二本立てが当たり前だった)、お金が勿体無いからと、一応観てみたら、その内容は恐ろしいほど面白く興奮した。
翌日、学校で会った『オルゴール』のみで離脱した友人たちに、いかにそのアニメ映画のキキとジジが素晴らしかったかを語って、私のクラスでは一気にジブリブームに花が咲いた。
一切の予備知識と予見を廃して観た『魔女の宅急便』の面白さは別格だった。


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「二本立て」という興行形態はおかしなペアリングをしばしば生み出した。

ジャッキー・チェン主演の『プロジェクトA』を観に出かけたら、一緒に『猛獣大脱走』というイタリア製動物パニック映画で人間の醜さを見せつけられて、ジャッキーの爽快なアクションが吹き飛んだ。


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それから…
と、金沢で観た映画にまつわる思い出話は、書こうと思えば20万字くらいになるので、喫茶店。今回は、もう無い喫茶店のことを書かねばならない。

 

 

そのシネマストリートの門前にあたる袖口に「パラライン」という名の喫茶店はあったようだ。

入居していたビルの外壁は痛み、二階にあっただろう店舗に続く階段は茶色く錆が浮き出たシャッターの奥に隠れて見えない。

 


二階部を見上げると、筆文字で記された店名はキレイに残っており、窓の奥にはカーテンや設備品など、そのまま残されているように見える。

女性の横顔を模したロゴは、店名「PARARAIN」の「P」が旗のようにデザインされており、旗をかざした女性闘士のように見えなくもない。いくらか社会主義的なモチーフなのかと思い、検索をかけたが「パラライン」という名の人物は探しきれなかった。

ロゴに描かれた女性の表情は必ずしも好戦的では無く、森の中で葉っぱの下で雨宿りをしているように見えなくもない。
「PARARAIN」を「PARA」と「RAIN」に分けれてみて、「雨のそばで」と強引に解釈すれば、「雨宿りする女性」=「雨露をしのぐ場所」といった意味合いがある店名なのかとも思う。

いずれにしても、その店名の由来はもう分からない。
きっと、このロゴがあしらわれたマッチやナプキンも存在しただろう。
手にとってみたかった。

 


ビルの柱に残された看板の文字は、筆文字というより髭文字に近い。
女性を描いたロゴマークと併せて、高名な芸術家が関わっていたのかも知れない。

 

「コーヒー&スパゲティ」か。
鉄板にのせられたナポリタンが提供されていたのだろうか。
きっとシャッターの奥には、ナポリタンやフルーツパフェの見本が並ぶショーケースもあったのではないか。
勝手に想像。
美味そうだ。
勝手に妄想。

 


Googleストリートビューでは、2012年10月まで遡れたが、その時期には既に営業をしていないように見える。
同ビル一階部には、「ダイコクドラッグ」が入っていたようだが、それも2022年9月には閉じられている。

 


かつて、私が中学生から高校生、大学入学で金沢を離れるまで、足繁く通った「シネマストリート」の端っこに「パラライン」はあった。
何度も、それこそ何度もその脇を通過したはずだが、「パラライン」のことは思い出せない。

 

 

多くのスクリーンを有したシネマストリートも2000年前後から歯が欠けるように姿を消していき、2004年秋に最後の一館もなくなった。
私はその頃東京での生活を始めており、跡地にも文化的施設が建てられることをなんとなく願い遠目で眺め、望んでいたが、更地はそのまま駐車場となった。

時を経て、金沢に帰ってきて、ミニシアターの『シネモンド』以外は、シネコンしかなくなった街にいて、シネマストリートの存在を懐かしく想う。
今ならば、きっと映画を観た帰りには「パラライン」でスパゲティを食べるだろう。

『3−4x10月』の余韻も、『魔女の宅急便』の興奮も、『猛獣大脱走』の禍々しさも、「パラライン」で過ごす時間が深めてくれたに違いない。

 

しかし、「パラライン」はもう無い。