かつて、金沢を代表する純喫茶「ぼたん」があった場所には、現在「リカーマウンテン」という酒類販売店がある。
現在50を過ぎた年齢の私からすると、この場所には赤いイメージがある。
その赤は、コミュニズムを指すわけでは当然なく、そのイメージカラーが赤色のコンビニ「ポプラ」のこと。
ほかほかライスをその場で盛ってくれる「ポプ弁」の素晴らしさたるや、セブンイレブンの底上げ容器にチョビチョビよそわれた白米とは比べるべくもない。
福岡に住んでいた頃には、ポプラにお世話になりまくったものだ。
当時のテレビCMで、鮎川誠が
と仰っていたので、すっかり博多の会社だと信じていたが、本社は広島らしい。
そのおかげで、福岡にいながら広島のソウルフードである「せんじ揚げ」が気軽にコンビニで購入できるということか。
実際、ポプラの店舗数がもっとも多いのは福岡県のようだ。
なので、鮎川誠も
「広島のコンビニやけど、九州にめっちゃあるけん、そういう意味で『九州のコンビニはポプラやけん』と言わせてもらうったい」
と仰ってくれれば良かったのにね。
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という訳で、現在はリカマの青、2020年にポプラが閉店するまでは赤、と放課後電磁波クラブのような色彩のイメージを纏ったこの地。
ポプラの前、2006年までは「ぼたん」があり、日本家屋的な茶色の光景だったはずである。
「ぼたん」から、ポプラ、リカーマウンテンを経ても、瓦葺きの屋根は往時のままと思われる。
『金沢カフェ100』金沢倶楽部 2004年
には以下のように「ぼたん」が紹介されている。
世代を超えて愛される憩いの場
昭和21年創業の金沢を代表する老舗純喫茶。
時代は移り変わっても、重厚感漂うクラシックな雰囲気はそのままで、プリンやゼリー、サンドイッチといった自家製メニューも変わらない味わい。
着物を着たママも、近所のおじいちゃんも、若い女性も男性も、この店ではみんな絵になるから不思議だ。メニューはすべて手作り。中でも、90歳を迎えた松田さんが丸一日かけて七輪で餡を炊く「白玉あん」は絶品。
この店は三島由紀夫著の「美しい星」にも出てくる。
三島や五木寛之ら文人にも愛された
との枕詞で語られる「ぼたん」だが、金沢イチの繁華街片町のど真ん中に位置していたので、結構に物騒な店だったのではないか?
とも想像したりする。
場所柄、夜職の人々の寄せ場として機能していたのではないか。
例えば、歌舞伎町の「パリジェンヌ」みたいな。
しかし、散見する往時の写真を見るに、和風の外観、ステンドグラス、間接照明、観葉植物、大ぶりの灰皿が置かれたテーブル、ビロード張りの椅子、蔦を模したような間仕切り、80を数える客席…
猥雑さや喧騒とは無縁に見える。
きっと、多様な客層をおおらかに飲み込んでいた喫茶店だったのだろう。
「ぼたん」と一本道を隔てた場所には、早朝4:30まで毎日営業していた「オーレ」もあった。
伝説の純喫茶
その名は、「ぼたん」
と聞かされても、「ぼたん」で一度もコーヒーを飲めなかった私にとっては実感がなく、「ポプラがあったよね、ココ」という感慨しかない。
時代を経れば、その土地の記憶は、書き換えられてゆく。
「ぼたん」はもう無い
当時を偲ぶわずかな手がかりである屋根瓦を眺めて、夢想するしかない。