喉の渇きを癒したいとき、足の疲労が臨海に達したとき、しのつく雨をしのぎたいとき、買ったばかりの文庫本を開きたいとき、そして、紫煙をくゆらすひと時を過ごしたいとき。 路傍に佇む喫茶店の門をくぐる。 なるべくならば、煙草の似合う、そんな店がいい。
<本日のサ店>
藹藹


ここより下は、当ブログ執筆者の身辺雑記をふんだんに含んだ、取るに足らないとしか言いようのない雑文雑記ですので、お店の基本データのみを知りたい方は、上記目次より各項目をクリックし、あなたが必要とする情報を摂取したのち、早々に離脱することをお勧めします。バイバイ!
金沢には、三大茶屋街と呼ばれるエリアが存在する。
何でもかんでも「三大」と括りたがるのは日本だけの悪習らしい。
どこぞのナショナルチームのサッカー代表監督が、
「監督の仕事は誰かを選ぶことではなく、選ばない誰かを決めることだ」
と言っていたが、12でも7でも5でもなく、「三大」と3つに絞るのは、相当恣意的な回路を働かせなければ決定しがたい判断となるだろう。
圧倒的な規模と賑わいを誇るのは、「ひがし茶屋街」、そこからほど近い「主計茶屋街」も渋さが光る、そしてもっともマイナーなのは「にし茶屋街」。
かなり前に再整備されて、清新さはあるが茶屋の街並みは存外わずかで、土佐高知の「はりまや橋」並みに思わず「短っ!」と声に出してしまいそうになる。
まあ、狭かろうが短かろうが、楽しめれば問題ない。実際、にし茶屋街付近には、ホテルや飲食店がポツポツと増え始めているので、これから一層の賑わいを期待したい。
ただ、「お茶屋」という業態の背後には、春をひさいでいた人たちの歴史が見え隠れするのはいたしかたない。歴史的建造物を保護し、利活用することは古式ゆかしい街並みを有する観光地がすすめるべき施策だとは思うが、おそらくもう10年も経てば、文化的ウォッシュを説明し、「この場所には負の歴史もあった」と大書せねばならないモラルが求められるようになるだろう。
西インター大通りで「にし茶屋街」を横に見ながら西に向かうとすぐに、今回訪れた喫茶店「藹藹(あいあい)」がある。
無論、茶屋街ほどの歴史はないものの、後からマダムに伺ったところによると、「藹藹」は今年創業45年を迎える喫茶店である。
春らしからぬじっとり汗ばむ陽気だったからか、入口扉は半ば開けられており、入店するとカウンターの中で洗い物をしていたマダムが出迎えてくれる。
「こんちはー」
「はい。いらっしゃいー」
先客はおらず、ソファ席を独占するかたちで座らせてもらう。
「今日は、けっこう蒸しますね。なにになさりますか?」
手書きベースのメニューは味がある。
抹茶ミルクをお願いする。
「お抹茶お好きですか?」
「いえ、そんなにうるさくはないんですけど。さっき、そこの茶屋街寄ってきたので、なんとなく抹茶にしてみました」
「にし茶屋、今日は、けっこう人手がありました?」
「ええ、かなり居ましたよ」
店内のファンシーっぷりから、五分五分だな、と思いながら喫煙の可否を尋ねてみる。
「こちら、煙草は吸えますか?」
「大丈夫ですよ、どうぞどうぞ。そちら、灰皿」
よく見たら、テーブル脇に灰皿は常備されていた。
あざす。
一服です。
着席したソファの座面をふと見ると、火種を落とした奴がいたようで、穴が。
こういうことになるから、ヤニカスってホントにクソよね。
火口の扱いには重々気をはらいつつ、「藹藹」は
喫煙可
「甘さ足りなかったら、入れてください」
とゲル状シュガーとともに供された抹茶ミルクは、すでにして程よい甘さで爽やかさも伴っていた。美味しい。
「にし茶屋街近いから、外国の人もたくさん来ますか?」
「それよぉ、私なんか喋られんし、今から英語なんて覚えられんでしょう?けど、なんでかね、こんなとこにも結構来られるんよ」
75歳になるというマダムは、グレーが目立つ髪を肩口でまとめていて角野栄子のような風貌、快活に笑い話される。
「…それで、こんなの書いてもらってるんよ」
『where are you from』
とページの上端に記されたノートには、コチラを訪れた各国からの観光客が、「藹藹」とマダムへのメッセージを書き込んでいる。
「喋られんけど喋りたいでしょ?
コレに書いてもらうと、『あなたスペインから!』とか、『台湾ねー』とかわかるでしょ?スマホ?で上手にやってくれる人もいるけど、それも私わからないから。
こういうのがドンドン貯まっていってる」
「赤い字はマダムの感想?」
「そう、その時は言えなかったこととかね、あとあとアーッて気付いたりする」
日付を見ると、平均して週に3,4組は外国からの人たちが「藹藹」を訪れている。
おそらく、にし茶屋街からはもっとも至近にある喫茶店だとは思うが、高頻度。
「マイナーな茶屋街」
とか、ディスってしまって申し訳なかったです。
「こっちの支社かなにかに赴任してきたアメリカの砂漠?から来た人。その人まだ日本来て三ヶ月だけどペラペラ!で、英語教えてあげる、って言ってくれるんだけど、もう無理無理ー」
「にし茶屋なら、お茶屋さんとかあるのに。お抹茶も本格的よね」
「でも、僕も外国行ったら、観光地とかじゃない、ココみたいなその街のローカルな喫茶店に入りたいですもん。多分、彼らもおんなじ気持ちだと思いますよ」
「そんなもんかねぇ」
「いよいよ、マダムも英語勉強せにゃいかんのじゃないですか(笑)」
「娘からもね、少しくらい英語覚えな!って言われる(笑) でも、そんな時のためにね、コレ出すの」
と、マダムがとりいだしたるは、
『I can't speak english』
必殺・アイキャントスピークイングリッシュ・ボード。
「それ出すと、かえって盛り上がるんじゃないですか(笑)」
「そうかもね」
「藹藹」のマダムは、「私は英語は話しません」と突き放すのではなく、「ごめんけど、話せんのやわぁ」と逆にコミュニケーションを加速させる。
「話す」ことではなく、「伝わる」ことには実効性を笑い飛ばすような価値がある。
きっと、ココを訪れた外国人たちはそれをしっかり受け取っているだろう。
自らの城であり、毎日大半の時間を過ごす店主にとっての喫茶店。
壁や棚が常連さんが持ち寄った物品や、告知掲示、店主好みのインテリアなどで雑然とし、なかには店主のパーソナルスペースが店内を侵食してしまい、(失礼な物言いだが)若干「不潔」な方向に振れてしまう様子も目にする。
しかし、「藹藹」の店内は、壁などに大量の掲示物はあるが、マダムの統制がほどよく効いており好感しか持てない。




絵手紙の列の下部には、いくつか新聞の切り抜きが貼られており、お店のご常連の陶芸家の方の記事、俳優の方の記事などある。
なかに、金沢のご当地サッカークラブ「ツェーゲン金沢」の切り抜きがあり、尋ねてみると、
「よくぞ聞いてくれました!ツェーゲンにいる子を応援してるんよ。その、毛利っていう選手!」
マダムには、ひ孫さんがお二人もいるらしく、そんな風には見えぬくらいパワフルなのだが、毛利選手はお孫さんにあたるのかな?甥っ子かな?
そのあたり、ウロで申し訳ないのだが、とにかく毎試合気になって仕方がないとのこと。
現在、不動のレギュラーとまではなっていないが、ほぼ毎試合交代で試合を締める役割を担い、活躍中だそうだ。
「試合応援に行ったりするんですか?」
「行きたいんやけど、ココがあるでしょ。なかなか顔見に行けないんよ」
「藹藹」は年中無休。
喫茶店をいくつも訪れていつも思うことだが、こっちは勝手に気分次第に顔を出すだけだが、いつもそこにお店はあり、営業してくれている。
その安心感は、店主の方の不断のやせ我慢を伴っている。
街角の喫茶店にフラッと入って私が受け取る安堵や満腹を、絶やすことなく提供してくれている街中のヒーローやヒロインに改めて感謝したい。マジで。
「藹藹」は、店の両側に出入口を有するキメラ店舗。
「裏にもボーンと看板作らんとダメや!って言われてるんよ」
反対側もけっこういい顔してます。
「じゃ、コッチから帰ってみます。ごちそうさまでした」
「はい。ソッチも見てみて!また、お越しくださいね」
google MAP
所在地
金沢市野町2ー29ー10 吉村ビル
営業時間
月〜土 10〜
日祝 12〜
17:30頃まで
定休日
なし
席数
カウンター x 5
テーブル x 2
電源
なし
Wi-Fi
あり
SNS
なし
店内BGM
トイレ
未確認
喫煙の可否
喫煙可